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千葉地方裁判所 昭和49年(ワ)325号 判決

原告 日本中央競馬会

右代表者理事長 大澤融

右訴訟代理人弁護士 松本正雄

同 畠山保雄

同 田島孝

同 原田栄司

同 石橋博

被告 山根一郎

右訴訟代理人弁護士 成毛由和

同 逸見剛

同 立見廣志

主文

市川簡易裁判所昭和四八年(ヘ)第一九号公示催告申立事件について、同裁判所が昭和四九年四月二七日言渡した別紙目録記載の勝馬投票券の無効を宣言する旨の除権判決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

(一)  原告

主文同旨の判決を求めた。

(二)  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

二、請求原因

(一)  被告は、市川簡易裁判所に対し、被告が別紙目録記載の勝馬投票券を盗取されたとして公示催告の申立をなし、昭和四九年四月一九日の公示催告期日までに権利を届出て、かつ右証券を提出した者がないので、除権判決を求める旨申立て、同裁判所は、同年四月二七日、主文第一項記載のとおりの除権判決を言渡した。

(二)  しかしながら、右勝馬投票券は、法律において公示催告手続を許すものに該当しないから、右除権判決は民事訴訟法七七四条二項一号により取消すべきものである。即ち、

(1)  勝馬投票法として現に行われているのは、単勝式、複勝式、連勝複式の三種があり、投票はすべて勝馬投票券(事務処理上の便宜のため二〇〇円券、五〇〇円券、一、〇〇〇円券の三種類が発売されている)の発行、交付をもって行われ、それにより投票数および売得金の確定が行われるとともに、これを基礎として一〇〇円を投票の一単位として的中投票に対する払戻金額が算定される。

(2)  払戻金の支払は、レースの結果確定後、直ちに、東京、中山等全国一〇個所の競馬場と全国一円の場外発売所で、的中投票券と引換えに開始され、以後一年間行われる。

(3)  ところで、原告競馬会の開催する中央競馬における投票量は、昭和四七年度において二、九六五レース、売得金約四、九四六億円、昭和四八年度において三、〇四五レース、売得金約六、六〇五億円という巨大な量に達している。而して全投票のうちに占める的中投票の量に関する調査は存在しないが、昭和四八年度における有名レースの投票状況をあげると左のとおりであった(いずれも一〇〇円を一単位とする量)。

レース名     連勝複式投票量   うち的中投票量

日本ダービー 八七、八九七、三九九  六七九、一〇九

有馬記念 一一五、九〇八、四三六  六四三、三一一

いずれにしても、単勝式、複勝式を含む的中投票が全体としてきわめて大量に存在することは明白である。

(4)  このように、不特定、多数の者によって行われる投票から払戻の過程を短時間のうちに、正確にしかも迅速かつ円滑に遂行すること、換言すれば、投票の量および内容を確定し、的中投票に対する払戻金額を算定し、かつ払戻のために個々の投票者がどのような内容の投票をどれだけ行ったかを確認するためには投票券によることが絶対に必要である。

(5)  従って、大量に発行される同種の投票券は画一的かつ没個性的なものであり、僅かに同種の投票券を区別するものは、それぞれの投票券に記載されている通番号(冊番号およびページ番号をいう)のみである。

しかしながら、通番号の果している機能は、投票券の出納、管理の適正な処理、投票券の不正な流出を防止する等の限定的なものにすぎず、通番号自体は投票券の表章する権利の内容と関係がない。従って、払戻のため呈示される的中投票券が真正なものであるか否かを通番号により判別することは可能であるとしても、真正な投票券が呈示されている限りでは、それが如何なる通番号の投票券であるかという点は問題とするに足りないのであって、通番号によって払戻の状況を把握する必要性は存在しない。それ故、通番号は投票から払戻の過程において、証券の同一性を識別する何らの機能を果していないのである。

また、払戻の際に引換えを受け開催競馬場で保管している多数の的中投票券のうちに、特定の通番号の投票券が存在するか否かを調査することは、観念的には不可能といえないとしても、現実には不可能ないしきわめて困難であり、その必要性もないのである。即ち、巨大な量にのぼる投票および払戻を円滑かつ迅速に行うことを使命とする制度のもとにおいて、これと何ら関係のない投票券の管理、保管は無意味だからである。

(6)  以上、要するに、勝馬投票券は大量にのぼる定型化された内容の権利行使を円滑に処理することを目的とする証券であり、その同一性の識別ができないものであるから、民法施行法五七条にいう無記名証券に当らないものである。

(三)  なお、原告は、昭和四九年五月九日、東京地方裁判所昭和四九年(ワ)第六七九号馬券払戻請求事件の証拠として、同事件の原告である本件被告から本件除権判決の写しの交付を受けて除権判決の存在を知ったものである。

三、被告の請求原因事実に対する認否ならびに主張

(一)  請求原因のうち(一)項および(二)項(1)(2)に記載の事実は認める。(二)項(3)に記載の事実は不知。

(二)  請求原因(二)項(4)記載の事実のうち、投票の量、内容、払戻金額が投票券により確定されることは認める。しかしながら、投票的中の過程を短時間内に、正確かつ迅速、円滑に遂行するためには投票券によることが絶対的なものではない。個々の投票者の投票の事実が投票券の所持以外には確認しえないとの主張は否認する。

(三)  請求原因(二)項(5)(6)記載の事実のうち、同種の投票券が大量に発行されていることは認めるが、これが画一的、没個性的なものであるとの事実は否認する。

投票券に通番号の付されていること、通番号に原告の主張するような機能のあること、通番号が投票券の表章する権利の内容と関係のないものであること、通常の払戻に際し、通番号の把握が行われていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

即ち、勝馬投票券について盗難、紛失の届出があった場合には、当然、通番号を確認したうえで払戻を行うべきであり、また当該投票券が払戻済であるか否かは保管されている投票券の調査により判然とするのであるから、これらの点からみても通番号は投票券を識別する機能を果している。

原告は、特定の通番号の付された的中投票券について、払戻が行われたか否かを調査することが不可能であると主張するが、払戻の有無の証明は勝馬投票券の購入者にとって重要な問題であるから、引換えにかかる的中投票券については、右証明が可能な保管方法をとるべきである。自らがとっている保管方法が払戻の証明に不適当であることを棚に上げて権利の同一性の識別ができないと主張し、除権判決による二重払の結果を回避しようとすることは許されない。

(四)  請求原因(三)項記載の事実は不知。

(五)  競馬において、勝馬に投票するためには勝馬投票券を購入しなければならず、勝馬投票に的中し払戻金の支払を受けるには、当該勝馬投票券と引換えにしなければならない。そして、勝馬投票券の譲渡は禁止されていないのであるから、勝馬投票券は勝馬の決定前においては、勝馬に投票すればそれと引換えに払戻金の支払を受けられる、いわば期待権を表章するものであるが、勝馬投票に的中後はこれと引換えに右払戻金の支払を受けうる権利を表章する有価証券であり、民法施行法五七条に規定する無記名証券であるから民事訴訟法七六四条以下の規定により勝馬投票券は除権判決の対象となるものである。

四、証拠関係《省略》

理由

一、被告が、別紙目録記載の勝馬投票券を盗取されたとして、市川簡易裁判所に対し公示催告の申立をなし、所定の期間内に権利を届出、かつ右証券を提出した者がなかったので、除権判決を求める旨を申立て、同裁判所が、昭和四九年四月二七日、主文第一項記載のとおりの除権判決を言渡したことは当事者間に争いがない。

二、本件における争点は、勝馬投票券が除権判決の対象となりうる証券に該当するか否かにある。

そこで、まず勝馬投票から払戻の過程において勝馬投票券がいかなる機能を果しているかについてみることとする。

(1)  勝馬投票法として現に行われているものには、単勝式、複勝式、連勝複式の三種類があり、投票はすべて勝馬投票券の発行、交付によって行われ、それにより投票数および売得金の確定が行われるとともに一〇〇円を投票の一単位として的中投票に対する払戻金額が算定されること、投票券は、前記投票法ごとに二〇〇円券、五〇〇円券、一〇〇〇円券の三種類が発行されていること、払戻金の支払は、レースの結果が確定した後、直ちに、東京、中山等全国一〇個所の競馬場と全国一円の場外発売所で的中投票券と引換えに開始され、以後一年間行われること、払戻に際し、個々の投票者がどのような内容の投票をどれだけ行ったかは投票券によって確認されること、勝馬投票券に付されている通番号が投票券の出納、管理の適正な処理、投票券の不正な流出を防止する機能を営んでいること、また右通番号と投票券の表章する権利内容との間に何ら関係がないこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

(2)  而して、《証拠省略》によれば、原告競馬会の開催する中央競馬は、昭和四七、四八年中に各々三六回宛開催され(一回の開催期間は通常八日であり、一日に約一一回のレースが行われる)、昭和四七年度における総投票量は、一〇〇円を一単位として、四九億四、六〇一万二、五八五(売得金は総計約四、九四六億円となり、投票券の券面金額は二〇〇円、五〇〇円および一、〇〇〇円の三種類であるから、発売された投票券の枚数は約四億九、四六〇万枚から約二四億七、三〇〇万枚の中間に位することとなる)、昭和四八年度の総投票量は、六六億〇、五四二万三、七四〇(売得金は総計約六、六〇五億円となるから、発売された投票券の枚数は約六億六、〇五〇万枚から三三億〇、二五〇万枚の中間に位することとなる)であり、総投票量のうちに占める的中投票量を昭和四八年度有馬記念レースの連複勝式の場合についてみると、いずれも一〇〇円を一単位として、総投票量は一億一、五九〇万八、四三六であり、そのうち的中投票量は六四万三、三一一(的中投票券の枚数は、六万四、三三一枚と三二万一、六五五枚の中間に位することとなる)であったこと、以上の事実を認めることができる。

さらに、《証拠省略》によれば、勝馬投票券の発売方法には、手売りと機械売りの二種類があり、現在では発売枚数のうち約九割が後者の方法によっていること、勝馬投票券の発売は、当該競馬を行う競馬場内においては発走の約二分前に、競馬場外においては発走の約一時間前に締切られ、直ちに当該レースの投票量が集計されること、右集計に基づいて計算される配当金額は勝馬の決定後約二分で公表され、その約五分後(場外においてはこれよりやや遅れる)から払戻金交付所において払戻が開始されること、中山競馬場には払戻金交付所が二二個所(窓口は合計四九一)あり、そのうち二一個所において、その日に発売された的中投票券についての払戻を、残余の一個所において、当該開催日以前に売買された的中投票券の払戻を行っていること、的中投票券は、発売日ないしはこれに続く当該競馬の開催期間内に殆どすべてのものについて払戻が行われること、以上の事実を認めることができる。

(3)  以上の事実関係によれば、右にみたような勝馬投票は、要するに、不特定多数の公衆により、集団的、大量的に行われる投票から払戻までの一連の過程を、短時間のうちに、正確かつ迅速に行うという要請に応えるための多分に技術的な制度にほかならないというべきである。

そして、勝馬投票券は、右の制度的要請から、当然に類型的、画一的なものにならざるを得ず、従って的中投票券のうちには、同一内容の払戻請求権を表章するもの(本件に即していえば昭和四八年第一回中山競馬第六日目第一〇競走、連勝複式一、〇〇〇円券、連勝番号5―7)が多数存在しているわけである。

さらに、的中投票券の払戻は一年間行われることになってはいるが(競馬法一一条)、実際には、発売日ないしはこれに続く短時日のうちに、すべての投票券について払戻が行われるのが通例であり、況んや金融市場に転輾流通することを予定したものでないことは明らかである。しかも、勝馬投票券に付されている通番号は個々の的中投票券の表章する権利内容とは何らのかかわりあいを有していないのであるから、通番号が所持人にとって格別の意味を持つものでないことはいうまでもなく、他方、原告競馬会も、投票券の真正が問題となるようなごく例外的な場合を除き、払戻のために呈示された投票券が的中投票券であるか否かを、通番号によって調査、確認するというような事態を、制度上予定しておらず、かくて、投票券の所持人は、まったく没個性的な存在にすぎないことが十分に窺われるのである。

(4)  そうだとすれば、勝馬投票券の券面に示されている通番号等の記載は、証券の同一性を識別し、所持人の真偽を証明する機能を営んでいないものと解するのが相当である。

三、このようにみてくると、大量に存在する同種の的中投票券のうちあるものを通番号を含む券面の記載によって特定、識別し、公示催告を行うが如き事態は、少なくとも現行の勝馬投票制度のもとにおいては、まったく予定されていないものといわざるをえない。

なお、被告は、盗取された勝馬投票は馬主用の馬券売場で購入したものであり、たまたま被告が同売場の責任者と知己の間柄にあったため、同売場の記録により、自己の購入した投票券の通番号を知ることができた旨供述しているが、このように、勝馬投票券の所持を喪ったものが、自己の所持していた投票券の通番号を知り、または知りえたという事態は、きわめて希有の事例に属することであるから、このような例外的な現象をあたかも通常生じうる事例であるかの如き前提として、勝馬投票券に関し、公示催告、除権判決の適用を肯定しようとすることは、先に認定したような勝馬投票券の性格およびこれが現実に果している機能にてらし、著しく妥当を欠くものである。

のみならず、既に認定したとおり、的中投票券は発売日ないしはこれに続く当該競馬の開催期間((競馬法三条二項により八日以内))のうちに、すべてのものについて払戻が行われるのが実状となっているのであるから、勝馬投票券の場合は、かりに公示催告が許されたとしても、その公示催告の公告が行われるまでの間に、当該投票券の所持人によって権利行使がなされてしまう可能性がきわめて高いといわざるを得ない。そうだとすれば、勝馬投票券は、この点からみても公示催告を行い権利者を捜索することが、実際上無意味であるとともに、さらに所定期間内に権利を届出る者がなかった場合にも、これに基づいて、申立人を当該証券の所持人として取扱うことは必ずしも相当とはいえないのである。

四、従って、以上の諸事情にかんがみるときは、勝馬投票券は、これを講学上の無記名有価証券と認めるか否かの点はしばらくおくとしても、公示催告手続による無効宣言を許すことが不相当な証券と認めざるを得ないから、主文第一項掲記の除権判決には、民事訴訟法七七四条二項一号所定の事由があるものということが出来る。

よつて、別紙目録記載の勝馬投票券の無効を宣言した主文第一項掲記の除権判決の取消を求める原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小木曽競 裁判官 井上廣道 廣田民生)

〈以下省略〉

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